東京地方裁判所 平成元年(ワ)12713号 判決 1991年9月26日
破産者エイ・エス プスネス マリン アンド オフショア サービス破産管財人
原告 ジェンス クリスチャン チューネ
右訴訟代理人弁護士 饗場元彦
同 川端健
右訴訟復代理人弁護士 増田要
被告 日本プスネス株式会社
右代表者代表取締役 一郡新
右訴訟代理人弁護士 大原誠三郎
同 赤坂俊哉
主文
一 被告の平成元年六月三〇日の定時株主総会における一郡新、金子雅俊、門倉光夫、重岡勣及び千葉茂生を取締役に、栗原清麿を監査役に各選任する旨の決議を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(本案の答弁)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 ノルウェー国の法律に準拠して設立された法人であるエイ・エス プスネス マリン アンド オフショア サービス(以下「エイ・エス プスネス」という。)は、被告の発行済株式総数二〇万株のうち一〇万株を有する株主であったが、平成元年五月一二日、ノルウェー国の破産裁判所において破産宣告を受け、同日、原告がその破産管財人に選任された。
2 平成元年六月三〇日、被告の定時株主総会(以下「本件総会」という。)において、一郡新、金子雅俊、門倉光夫、重岡勣及び千葉茂生を取締役に、栗原清麿を監査役に各選任する旨の決議がされた。
3 しかし、右決議には次の瑕疵がある。
(一) 本件総会は、取締役会の決議に基づかないで招集された。
(二) 被告は、本件総会を招集するについて、原告に対し、書面による通知を発しなかった。
4 よって、原告は、被告に対し、本件総会における右決議の取消しを求める。
二 本案前の抗弁
1(原告適格)
原告は、被告の株主の破産管財人であるところ、商法二四七条一項が定める株主総会決議取消しの訴えの提起権者の中に株主の破産管財人は含まれていない。
2(訴権の濫用)
被告の定款には、株式を譲渡するには取締役会の承認を要する旨の定めがあるところ、原告は、本件総会の決議を取り消し、改めて取締役を選任することにより取締役会の構成を変更した上、被告の株式一〇万株を原告と極めて緊密な関係にあるノルウェー企業のシェイエグループに譲渡するについて必要な取締役会の承認を求めることを目的とし、あるいは右株式を被告の代表取締役である一郡新に、非常識としか言いようのない高値で売り渡すことを目的として、本件訴訟を提起したものである。
したがって、本件訴えの提起は、破産管財人として信義に反する行為ないしは会社側の犠牲において株主たる資格と関係のない純然たる個人的利益を追求する行為であるから、訴権の濫用である。
三 本案前の抗弁に対する認否
1(原告適格)
本案前の抗弁1は、争う。
原告は、ノルウェー法上、破産財団に属する日本の株式会社の株式について、株主が商法上有する権利と同一の権利を行使することができる地位を与えられているのであり、また、原告は、破産財団のために内外の裁判所に法的手続を提起する権限を有しているので、商法二四七条一項が定める提訴権者のうちの「株主」に含まれると解すべきである。
2(訴権の濫用)
本案前の抗弁2中、被告の定款にその主張の定めがあることは認めるが、その余は争う。
原告は、破産管財人として、被告の株式を最善の条件で売却する責務を負っている。そして、エイ・エス プスネスが破産した当時、その資産を購入することを申し込んだ者は何名かあったが、シェイエグループが提示した条件が最良のものであり、債権者委員会もシェイエグループへの売却を承認している。
原告とシェイエグループとの間には何ら緊密な関係は存在せず、原告には、破産管財人としての右責務を離れて、特にシェイエグループに本件株式を売却しようという意図はない。
四 請求原因に対する認否
請求原因1、2及び3(二)は認めるが、同3(一)は否認する。
五 抗弁
1(請求原因3(一)に対して)
(一) 本件総会直前までの被告の取締役は次の四名であった。
代表取締役 ロドフ・タラルドセン(ノルウェー在住)
代表取締役 一郡新(日本在住)
取締役 アルネ・スメダール(ノルウェー在住)
取締役 金子雅俊(日本在住)
(二) 株主総会の招集の決定については、取締役四名が一同に会することが、距離的、時間的に困難であることから、例年次のとおりにされていた。
すなわち、タラルドセンは、毎年、仕事の関係で韓国へ出張するので、その出張後、東京で一郡と会い、両者がその年の定時株主総会の開催日時及び議題等を決めた上、口頭又は電話・ファクシミリ等でスメダール及び金子の確認を取るのが慣例であり、このような扱いにつきスメダールも金子も了承していた。開催場所については、被告本社と決まっていた。
(三) 本件総会の招集については、右の慣例のとおり、平成元年三月二一日、韓国出張を終えたタラルドセンが東京の被告本社を訪れ、一郡と会い、両者が、株主総会を平成元年六月三〇日午前一〇時に開催することとし、株主総会の議題を前年度の決算の承認及び取締役・監査役の選任の件とすることとする旨決定した。
(四) 右決定は、遅くとも平成元年三月末日までに、スメダール及び金子に連絡され、両名とも了承した。この事後承認により、取締役会の定足数を欠くという瑕疵は治癒された。
定時株主総会の招集の決定は事務的事項であり、必ずしも取締役全員がその英知を結集して十分議論しなければならないといった性質のものでない。また、被告の定時株主総会の招集の決定方法は、一つの慣例となっており、金子にもスメダールにも全く異論がなく、会社及び株主に何らの支障も生じなかった。したがって、欠席した取締役の事後承認による瑕疵の治癒を認めて差支えない。
(五) なお、仮に右取締役会の決議が無効であるとしても、本件総会の決議の瑕疵としては極めて軽微であり、かつ、その瑕疵が決議の結果に影響を及ぼさなかったことは明白であるから、本訴請求は棄却されるべきである。
2(請求原因3(二)に対して)
(一) 被告においては、日本側の株主に対しては代表取締役一郡が、ノルウェー側の株主、すなわちエイ・エス プスネスに対しては代表取締役タラルドセンがそれぞれ招集通知をしていた。
(二) タラルドセンは、自分自身がエイ・エス プスネスの営業部長であり、しかもスメダールが昭和六三年一〇月までエイ・エス プスネスの代表者であったことから、エイ・エス プスネスに対して改めて書面により招集通知を送る必要性が全く無かったため、書面による通知をしたことは無かった。
(三) タラルドセンは、昭和六三年一〇月にエイ・エス プスネスの代表者がスメダールからヨルメに代わっていたため、本件総会については、東京より帰国後の平成元年四月中旬頃、ヨルメに対し、口頭で開催場所・日時・議題を報告した。
また、タラルドセンは、エイ・エス プスネスが破産した後である同年五月末頃、原告に対しても、原告の法律事務所の弁護士であるヴィーレ氏を介して、本件総会の目的・開催場所・議題などを口頭で報告した。
(四) 被告においては、約七年にわたり、右のような招集通知の方法がされていたが、エイ・エス プスネス、一郡らの全株主は、これを問題視したこともなく、書面によらずに招集通知がされることにつき同意していた。この同意は、エイ・エス プスネスが破産したことによって消滅するものではない。
また、被告のような中小企業においては、株主総会の招集通知を口頭でし、そのような通知方法に株主も同意しているケースがほとんどであり、それにより株主が損害を受けることは全くない。したがって、書面によらない招集通知がされたことは、そのことにつき全株主が同意している以上、決議取消しの事由には該当しないと解すべきである。
六 抗弁に対する認否
1 抗弁1について
(一)は認め、(二)は否認する。(三)のうち、タラルドセンが平成元年三月二一日に東京を訪れ、一郡と会ったことは認め、その余は否認する。(四)のうち、金子に関する事実の部分は知らないが、その余は否認する。(五)は否認する。
2 抗弁2について
(一)のうち、一郡に関する事実の部分は知らないが、その余は否認する。(二)のうち、スメダールが昭和六三年一〇月までエイ・エス プスネスの代表者であった事実は認め、その余は否認する。(三)のうち、エイ・エス プスネスの代表者がスメダールからヨルメに代わった事実は認め、その余は否認する。(四)は否認する。
理由
一 本案前の抗弁について
1 原告適格について
ノルウェー国の法律に準拠して設立された法人であり、かつ、被告の株主であるエイ・エス プスネスが同国の裁判所において破産の宣告を受け、原告がその破産管財人に選任されたことは、当事者間に争いがない。
ところで、株主である外国法人が外国の裁判所において破産の宣告を受けた場合に、その破産管財人に選任された者が株主総会決議取消しの訴えの原告適格を有するか否かは、右訴えを提起することができる者の範囲について定めている商法二四七条一項の規定の解釈によって決すべきであるが、この問題を考えるに当たっては、その前提として、その破産管財人が当該外国の法律上どのような権限を与えられているかを検討する必要がある。
そして、《証拠省略》によれば、ノルウェー国の債務協定及び破産法上、エイ・エス プスネスは、同国の裁判所の破産宣告により、同国の内外に存する破産財団に属するすべての財産の管理処分権を喪失し、破産管財人である原告が右財産の管理処分権を取得したものであり、原告は、破産財団に属する株式に関しては、議決権の行使を含め、株主に認められている権利の行使をすることができる地位にあることが認められる。
そうすると、原告は、被告の株式に関し、議決権の行使を含め、株主に認められている権利を行使することができる地位にあるのであるから、商法二四七条一項の「株主」の権利を行使する者として、本件訴えの原告適格を有すると認めるのが相当である。
2 訴権の濫用について
たとえ、被告主張のとおり、原告が被告の取締役会の構成を変更した上、被告の株式を原告と緊密な関係にあるシェイエグループに譲渡するについて必要な取締役会の承認を求めることを目的として本件訴えを提起したものであるとしても、原告は破産管財人として破産財団に属する財産を最善の条件で売却するという職責を負っていること(このことは、《証拠省略》により認められる。)にかんがみ、そのことから、本件訴えの提起が信義に反し、又は会社の犠牲において原告の個人的利益を追求する行為であると認めることはできない。また、原告が被告の株式を被告の代表取締役一郡に被告主張のような高値で売り渡すことを目的として本件訴えを提起したものであると認めるに足りる証拠はないのみならず、たとえ、原告にそのような意図があったとしても、被告の代表取締役がそれに応ずるかどうかは、その判断に掛かることであるから、そのことから、本件訴えの提起が信義に反し、又は会社の犠牲において原告の個人的利益を追求する行為であると認めることはできない。
そうすると、本件訴えの提起が訴権の濫用であるとの被告の抗弁は理由がない。
二 請求原因について
請求原因1、2及び3(二)の事実は、当事者間に争いがない。
ところで、株主総会を招集するには、会日より二週間前に、各株主に対し、書面をもってその通知を発しなければならないことは、商法二三二条の規定上明らかである。そして、法がこのように総会の招集通知を書面をもって発しなければならないものとしている趣旨は、各株主に対し、総会開催の日時、場所、会議の目的たる事項等を確実に知らせることにより、総会への出席の機会を保障するとともに、総会において議決権を行使する準備をすることができるようにするためであるから、株主に対して書面による招集通知を発しないで開催された総会における決議には、取消し事由に該当する瑕疵があるというべきである。
そして、本件においては、請求原因1のとおり、エイ・エス プスネスが破産宣告を受け、原告がその破産管財人に就任したのは、本件総会の会日より七週間前に当たる平成元年五月一二日であり、原告は、以後、被告の株式について、議決権の行使を含め、株主に認められている権利の行使をすることができる地位にあったのであるから(このことは既に判示したとおりである。)、被告は、本件総会の招集について、原告に対して書面による通知を発しなければならなかったというべきであり、エイ・エス プスネスが被告の発行済株式総数の二分の一の株式を有する株主であったこと(このことは当事者間に争いがない。)を考慮するならば、請求原因3(二)のとおり、原告に対してその通知を発しないで開催された本件総会における決議には、取消し事由に該当する瑕疵があるというべきである。
三 抗弁2について
これに対し、被告は、本件総会の招集について、エイ・エス プスネス又は原告に対し、口頭による通知をしたと主張し、抗弁2記載のような従前からの諸事情の下においては、書面による通知を発しなかったことは、本件総会の決議の取消し事由には該当しないと主張する。
そして、総会の招集通知を書面をもって発しなければならないものとしている法の前示の趣旨にかんがみ、書面により招集通知を発しなかった場合でも、口頭により招集通知がされた上、全株主が出席し、総会を開催することに異議を述べないで議決権を行使したときや、これに比肩し得るような特別の事情があったときには、その瑕疵は治癒され、もはやそれを理由として総会の決議の取消しを請求することはできないと認められる余地があるであろう。
この点に関し、被告は、被告においては、長年にわたり、総会の招集通知が書面によらないでされ、これについては全株主が同意していたと主張する。しかしながら、たとえ、被告の右主張事実がそのとおり認められるとしても、本件総会には全株主が出席してはいなかった上(少なくとも原告が出席しなかったことは、弁論の全趣旨により明らかである。)、本件総会が開催された年の前年である昭和六三年の一〇月には、エイ・エス プスネスの代表者がスメダールからヨルメに代わり(このことは当事者間に争いがない。)、さらに、前に認定したとおり、本件総会の会日より七週間前の平成元年五月一二日に、エイ・エス プスネスが破産宣告を受け、原告がその破産管財人に就任していたのであって、本件総会の招集通知を発すべき時期には、被告主張の慣行による招集手続に従って株主総会が実施されていた当時と比べ、重大な事情の変更が生じていたものと認められるから、被告主張の前記の事実は、書面による招集通知がされなかったという瑕疵が治癒されたと認めるのを相当とするような特別の事情には当たらないというべきである。そして、本件に顕れた全証拠をもってしても、他に右のような特別の事情があったと認めるには足りない。
四 よって、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青山正明 裁判官 植垣勝裕 川畑正文)